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ホワイトビールについて 小麦のビール ホワイトビールは小麦と大麦麦芽を利用するビールをいいます。本当に白いわけではないですが、小麦に含まれるタンパク質によって白濁するためにホワイトと言われるようになりました。小麦を利用するビールとしては他にもヴァイツェンビールがありますが、こちらは小麦麦芽を利用していることと、ホワイトビールがオレンジピールやコリアンダーを利用するのに比べ、ヴァイツェンはドイツの「ビール純粋令」と呼ばれる法律により、これらの副原料は利用されていません。ベルギービールの中でも世界的にホワイトビールは「ヒューガルデン」というブランドにより知られるようになります。そのヒューガルデンを生み出した「ピエール・セリス氏」。彼抜きにヒューガルデンを語ることはできません。説明して行きましょう。 閉じる
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ゴールデンエールについて ゴールデンエールとは ゴールデンエールとは多くがストロング・ゴールデンエールのことを指し、簡単に言えば、高アルコール度数の金色の上面発酵ビール(エール)を指します。アルコールは7.5~9.5%の物が多く、高アルコール対する飲みやすさから残酷でシュールなブランド名が多くなっています。トラピストビールや修道院ビールのトリプルと色合いや初期比重、アルコール度が近いものとなっていますが、トリプルはゆっくりと味わいながら飲むように味わいが設計されておりその点に大きな相違があります。このゴールデンエールはビール評論家、マイケル・ジャクソン氏が自書”The Great Beers of Belgium”で分類し、日本でもよく使われていますが、マイケル・ジャクソン氏最後の著書となったの”The Great Beers of Belgium第5版”ではこの分類はなくなり、Wicked Beer...
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フランダース・レッドビールについて アメリカや世界のクラフトビールの手本となったフランダース・ブラウンとレッドビール レッドビールとは 西フランダース州で造られている赤褐色のビールの事で乳酸発酵させ、オーク樽での長い熟成させたビールをブレンドさせて醸造されます。特別な酵母とオーク樽の微生物の働きで酸味とブドウのような甘みももちあわせます。西フランダース州がレッドビールを多く生産するのに対し、東フランダース州ではブラウンエールが醸造されています。世界のクラフトビール界でサワービールが世界を席巻しているのはベルギーのランビックやレッドビール、ブラウンビールから始まっています。 ブラウンエール 東フランダース州で造られている赤褐色~茶褐色のビールを言います。ブラウンビール(エール)というとイギリスの茶色のビールを連想されると思いますが、これはベルギービールの中のみの特殊な分類となり、味わいはまったく異質の物となります。金属タンクでの数ヶ月の熟成により、酸味とフルーティーな味わいが特徴の伝統的なビールです。 数少ないブラウンビール ブラウンビールは近年ブランドも少なくなって来ています。オーデナールドOudenaardeの町にあるリーフマンス醸造所、ロマン醸造所の両醸造所が知られる所です。Clarysse醸造所(Felix Oud Bruin等)は近年廃業してしまい、Felix Oud Bruin等の銘柄はレッドビールのDuchesse...
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クリスマスビールについて ベルギーのクリスマスビールとは、それぞれの醸造所が冬の時期に合わせて特別に仕込むビールのこと。ウィンタービールやノエルビール(ノエルとはフランス語でクリスマスの意)とも呼ばれます。昔々、まだビールの長期保存の技術が乏しかった頃、醸造家たちはリコリスやクローブ、シナモンなどの様々なスパイスを使用し、ビールの長期保存を模索しました。ベルギーでは9月の終わり頃に仕込みを開始し、クリスマスからお正月にかけてこのビールが飲まれます。通常のビールに比べて、スパイスだけでなく、麦芽もふんだんに使用されており、それもとても贅沢なビールばかりです。クリスマスビールの明確な定義はありませんが、比較的アルコール度数が高く濃厚なものが多いのが特徴なので、クリスマスのお料理や味わいの濃いお料理に合わせるとより楽しめます。 また、アルコール分高い事で数か月~数年間寝かせる事で味わいが熟成されますので、例えば同じ銘柄でも1年前にとってあったものを今年のものと飲み比べてみる、大瓶と小瓶で飲み比べてみる、などクリスマスビールならではの楽しみ方もあります。 心も体も温まるクリスマスビール。寒い冬の時期にぜひゆっくりと味わってみてください。 閉じる
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詳細を見る 修道院にて作られるトラピストビール トラピストビールとはトラピスト派の修道院で作られるビールです。アビィビール(修道院ビール)とトラピストビールの違いがあり、トラピストビールは修道院で修道士が醸造に関わり作られています。修道院ビールは実際に存在する修道院や昔、存在した修道院の名称を借りて民間の醸造所が作っています。修道院でお酒??と思われる方もいらっしゃるでしょうが、昔から自給自足でワインや他の食料(チーズ等)を作って生活していました。中世から修道院は旅人の宿泊先でもあり、醸造したお酒を振舞っていたとの話もあります。同様にビールも修道院で作られていました。トラピスト派だけがビールを醸造していたのではなく、昔はトラピスト派以外のベネディクト派等でも作られていましたが、次第にビールを作る修道院は減っていきます。現存するベルギーのトラピストビールの修道院は6つです。シメイChimay ノートルダム サン・スクールモン修道院オルヴァルOrval オルヴァル修道院ロシュフォールRochefort ノートルダム サン・レミ修道院ウエストマレWestmalle ウェストマレ修道院ウエストフレテレンWestvleteren セント シクステュス修道院アヘル アヘル修道院※オランダのラトッペは修道士が醸造に関らなくなり、1999年にトラピストビールの称号を剥奪されましたがその後また修道士が醸造に関わるようになり、トラピストビールとしてまた認められました。トラピストビールは他の修道院ビールに紛れて、ブランドが失われてしまう事がないように特別なロゴが印刷されています。(※一部を除いてウエストフレテレンはラベルがないのでついていません)一つ注意しなければいけないのはトラピストビールとは、味の分類ではありません。ですから様々な味わいがあります。しかし、トラピストビールの味わいはすべて最高の物ばかりです 閉じる
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ランビックビールについて ベルギー独特の自然発酵ビール ランビックとは、ベルギーの首都、ブリュッセルの近郊のパヨッテンラントと呼ばれる地域で主に造られる、自然発酵と長期間の熟成によって独特な強い酸味を持ったビール。ランビックというジャンル名は、「レンベーク」という地名から名付けられたとされ、この地域に流れる「ジネ川」付近に生息するとされる野生酵母によって発酵が行われる。リンゴの外果皮の野生酵母で発酵させた伝統的なシードルにも通じるものがある味わいです。若いランビックと古いランビックをブレンドしたグーズやフルーツを加えて発酵させたものなど様々な種類が存在します。別の話であるがゼネ川はこの地域ではZinneジネ川と呼ばれ、その地域で創業した現デ・ラ・セーヌ醸造所(現ブリュッセル)のジネビアにも描かれています。 ランビックの特徴的な醸造 1.ランビックは大麦麦芽と小麦、香りや苦みを飛ばすために2~3年寝かせた古いホップを用いる。雑菌による汚染のリスクを抑えるために冬場のみ醸造が行われる。2.煮沸した麦汁を「クールシップ」と呼ばれる浅い冷却槽に麦汁が流され、一晩放置することで冷却する。屋根や壁には穴が開けられ風が吹き抜けるようになっており、木材にも野生酵母が住み着いているとされる。3.発酵の始まった麦汁を木樽に移し、1年~3年の間熟成させる。樽の内側に住み着く野生酵母によって、麦汁の糖分は熟成が長くなるほど少なくなり独特な香り(埃っぽい、獣くささなど)が増す。4.ランビックの特徴的な醸造に深く関わる野生酵母の代表的なものとして、以下が挙げられる。 ・ブレタノマイセス・ブリュセレンシス(Brettanomyces bruxellensis)・ブレタノマイセス・ランビクス(Brettanomyces lambicus) ランビックのスタイル ストレートランビック熟成させたランビックの「原酒」。炭酸ガスによる発泡はほぼない。ベルギー国内では流通することもあるが、基本的に海外への輸出はされていない。...
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『ビール文化、醸造文化で航路図を作る。 人の円を世界へ。』 世界最先端のクラフトビールとベルギーの伝統的な醸造文化が交わるブルワリー RIO BREWING & CO.(リオ・ブルーイング・コー)は日本とベルギーを本拠地とした自社醸造ブランド。世界最先端のクラフトビールとベルギーの伝統的な醸造が交わるブルワリーだ。2015年にベルギーにて醸造を開始。ベルギーでのフラッグシップビール「初陣Uijin」は世界10ヵ国以上に輸出され、ヨーロッパのミシュラン店でも提供される。2018年に五反田高架下にブルーパブをオープンし、日本での醸造を開始。2021年には千葉・柏の葉に醸造所を拡張移転し、新ブルワリーにて醸造を開始した。今後も日本とベルギーから世界へ向けて、ビール文化・醸造文化で「人の円」「航路図」を広げていく。 ■国内醸造所RIO BREWING & CO.千葉県柏市正連寺394-3 中央133街区7 KOIL...
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ヒューグ醸造所について 東フランダース州の小さな町で ベルギー東フランダース州の州都であるゲントの隣町「メレ」の町「アップルホック」に位置し、1654年にはこの場所でビール作りが行われていたとされています。1906年レオン・ヒューグが「デン・アップルホック醸造所、製麦所」を買収します。1936年にアップルから「ヒューグ醸造所」へと名前を変え、新たなる醸造ルームの建設を始めました。1939年に建設が終わったその建物はつい数年前まで醸造のために使用される事となります。 ジョン・デ・ラートとデリリウム・トレメンス 様々なスペシャルビールを醸造するベルギーもピルスナータイプのビールに押される中、ヒューグ家と結婚して醸造所を継いだジョン・デ・ラートは1990年に「デリリウム・トレメンス」を発表し、ベルギーを代表するゴールデンエールとして世界中のビール愛好家から認められるようになりました。 デリリウムカフェの誕生 ジョン・デ・ラートは息子である現オーナー アラン・デ・ラートに醸造所を譲りもう一つのい夢であった「デリリウムカフェ」をオープン。あっという間にベルギーで一番有名なビアカフェとなりギネスブックにも世界で一番ビールの種類を取り扱う店としてギネスブックに認められました ヒューグ醸造所とブラザーフッド 閉じる
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セント ベルナルデュス醸造所について 1946年醸造を開始。 修道院からライセンスをもらい醸造するという 修道院ビールの一番初めはこの醸造所が最初である。ライセンスは現在、世界一のビール、トラピストビールとして有名な 「ウェストフレテレン」を醸造する「セント・シクステュス修道院」からの ライセンス生産だった。 世界初の修道院ビール 第2次世界大戦直後、トラピストの僧侶、St. Sixtusセント・シクステュスは現在世界一のビールとも言われる彼等のビール「ウエストフレテレン」を売る事を止めると決めました。取り決めは次のようなものでした。トラピスト修道院の中では、修道院内で消費する分だけのビールを作り、修道院の入り口と、修道院に関係しているいくつかの宿泊所だけで一般の人に売る。一方、デコーニンク氏は許可を得て1946年よりトラピストビールを製造して売ることにしました。ビールの元となる水はジャン・ヌ・ダルクの時代からもたらされた地下水が150メートルもの醸造所の地下より採取されています。チーズ工場の隣に新しいブルワリーが建てられ、ウエストフレテレンの醸造長(修道士)(彼は知識も造詣も深かった。)の助けを借りて、デコーニンク氏はセント・シクステュスのビールを製造しはじめます。もちろんこのビールはウエストフレテレンに勝るとも劣らないという味わいとなりました。60年代の初め、デコーニンク氏の義理の息子クラウス氏がブルワリーに関わりはじめ、ライセンスを更新する交渉をしました。1962年にライセンスは30年の期限(1992年まで)で更新されました。しかし1992年に契約は終了となります。トラピスト修道院は、「Trappistenbierトラピストビール」の品質はトラピスト修道院の中で製造されたビールのみに保証されると決めたからです。1992年以来、ワトゥのTrappistenweg 23(トラピストの道)で製造されたビールは新しいブランド名「St.Bernardus」(ノートルダム・ド・セント・ベルナルデュスに関連している)で売られています。世界一のビールとも言われる、ウエストフレテレン・アブトに勝る物があるとすれば同じ血筋のセント・ベルナルデュス・アブトが挙げられるでしょう。 ピエール・セリス氏とセント・ベルナルデュス...
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詳細を見る 今日はDe Dolle(デ・ドレ)醸造所のご紹介。 Esen(エセン)というベルギーの北西に位置する、小さな家族経営の醸造所です。週末のみしか醸造を行っていない、いわゆる“日曜醸造所”。De Dolleとは現地の言葉で「気ちがい」という意味だそう。趣味で始めた週末の醸造に夢中、という醸造家のクレイジーっぷりを皮肉ったもの。 そんな「ビール気ちがい」のデ・ドレ醸造所は、「ビールの鬼才」として知られており、週末になると地元だけでなく世界中からビール好きが押し寄せる、とても面白いスポットになるのです。 デ・ドレ醸造所は週末しか醸造しておらず、醸造所見学が出来るのは毎週日曜日のみ。醸造所のホームページに記載があるアドレスにメールをして予約をします(英語ツアー14時、オランダ語ツアー15時から)。 私が行った日の見学メンバーは、日本人2名、イタリア人カップル、アメリカ人の男性2人組という超インターナショナルな顔ぶれ。こんな片田舎のマイクロブリュワリーに文字通り世界中からビールファンが集まってくるのです。 醸造所の前で開始時刻の14時を待ちますが、10分経過しても醸造所はシーンとしたまま。不安になりながら扉に貼ってあった電話番号に電話したら、親戚の会合があって遅れているからちょっと待ってくれとのことでした(笑)。その約5分後に現れたのは、派手な靴とベルトを付けたとても人の良さそうなおじさん。この方がオーナーのクリスさんです。 クリスさんの本業は芸術家で、デ・ドレ醸造所のマスコットキャラクターであるOerbier man(ウルビアマン)や、ボトルのラベルのデザインも全て彼が手掛けています。一見、子供の落書きのように見えるこのキャラクター、醸造所に生息する酵母を描いているとか。醸造所の中にはクリスさんの描いた絵が沢山飾ってあり、他の醸造所とは全く違った面白い、独特の世界観が出ていました。 さて、クリスさんの到着でやっと醸造所ツアー開始。デ・ドレ醸造所は、1980年にHerteleer一家が閉鎖した醸造所を買い取り、趣味で始めた醸造所です。以前はエセンの町には6軒の醸造所があったそうですが、現在ではデ・ドレ醸造所のみとなってしまいました。...
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デュポン醸造所について セゾンビール エノー州は、セゾンビールを醸す醸造所が数多く存在する。同じくエノー州でセゾンビールを醸造するシリー醸造所と同じ1850年の操業となります。セゾンビールというのはベルギーきっての穀倉地帯であるこの地域で農家が農作業中の喉を潤すために手の空く冬場にビールを仕込んでいたものが起源で、農作業中や仕事後に飲むためであったため比較的低アルコールの物が多い。 セゾン・デュポンは現在セゾンビールを代表する銘柄でありこのビールを手本として作られるセゾンビールも数多く存在する。セゾンビールはもともと赤みがかった色のものも多かったがこのビールによって現在はブロンド色のセゾンが非常に増えている。(シリー醸造所参照) Brasserie Dupont デュポン醸造所は「セゾン」を中心と したイーストに特徴を持つアルチザンなクラフトビールを造り続けています。その歴史は1759年から続くリモー・デリッダー農場醸造所 を初代ルイ・デュポンの父親、アルフレッドが買い取ったところから始まり、現代表兼、醸造責任者であるオリビエ・ ドゥデケール氏は4代目にあたる。夏の間、季節労働者の疲れと渇きを癒すために 造られていたビール「セゾン」。醸造所を代表するセゾンデュポンは世界中からお手本とされており、セゾンビール:ファームハウスエールのルーツと言っても過言ではありません。 閉じる...
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カズー醸造所について 父の廃業からの復興 カズー醸造所はベルギー最古の都市トゥルネーからすぐのテンプルーブの町に位置し、フランスの国境までも数キロの場所に位置します。1753年から代々続く伝統的な農家が営む醸造所でしたが、現在の醸造家の父の代である1969年に一度閉鎖を余儀なくされました。現在のローラン氏が2004年に再興し、トゥルネーの地域で唯一稼働している醸造所となっています。トゥルネーはベルギーでも最古の町と言われ、運河にかかるトル橋(13世紀に築かれた壁が残ったものの第二次世界大戦で壊され再建)からノートルダム大聖堂や鐘楼などの世界遺産を眺めたものがトゥルネーブランドのラベルとなっています。 非常に小さな醸造所でボトリングまですべて手動ですが、年に一度エルダーフラワーを漬け込んだ本物の花の香りを醸し出すセゾン・カズーなど野心的な試みを行う醸造所でもあります。この醸造所のローラン氏はルル醸造所のグレゴリー氏と大学時代からの旧友でもあり、ブリュセレンシスビアフェスティバルに参加する醸造所はどこも小さいが、最高の味わいを求めながらお互いを尊重しているという良い例です。 閉じる
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デ ラ セーヌ醸造所について copyright philippe debroeもともとプロの音楽奏者を目指していたベルナルドが始めた、ブリュッセルの近くセント・ピーターズの町にある小さなセント・ピーターズ醸造所(現在はデ・ラ・セーヌに改名)にて2004年に、最初に醸造したビールがジネビアです。この地域はランビック(自然発酵ビール)を醸造するための自然発酵酵母が空気中に生息している事で知られるZenneゼネ川(ゼナ川)が流れています。このゼネ川をセント・ピーターズ付近の人達はなまってジネ川(Zinne)と呼びます。これがこのジネビアZinnebirの語源となります。ラベルのモチーフが川なのはそのためです。もともとのセント・ピーターズ醸造所の場所もランビックの醸造所の倉庫だったといいます。当初、彼はフランス語圏のブリュセロワーズ(ブリュッセルっ子)であり、フラマン語(オランダ語の方言)圏のこの町に自分達が受け入れられるかどうかを心配していたようです。地域に根ざそうと考えたものの、完全に手動の小さなビール醸造設備では醸造が追いつかなくなってしまい、彼は醸造所の移転を決意します。シント・ピーターズの町から離れる事となったため、彼は醸造所の名前も現在のデ・ラ・セーヌと変える事にしました。この名前もジネ川(フランス語読み)が語源となります。 ブリュッセルの移転を決意した後にも色々と問題があり、醸造所の移転をスムースに行う事ができず、2006年に次の醸造所が出来る事なく醸造所を閉鎖する事になります。その間、彼のパートナーであるイヴァンが修行していたデ・ランケ醸造所(イクスイクス・ビターなど醸造)を借りて醸造していました。2010年になんとかブリュッセルに醸造所が完成し、醸造を再会しました。彼らはランビック(自然発酵ビール)に非常に興味を持っており、ランビックとのブレンドなど若くも野心的な試みを行っています。弊社の菅原もパートナーとして醸造所に出資も行っており、深い関係を築いています。ベルギー・チョコレート・スタウトは醸造所と菅原の共同醸造として生まれました。 ブリュッセルにはランビックを醸造するカンティヨン醸造所以外に醸造所がなくなってしまっていたため、ブリュッセルの人たちの間でデ・ラ・セーヌのビールは若者を中心としてクールなビールとして受け入れています。毎年ブリュッセル一番の人気者小便小僧も彼らのビール「ジネビアZinnebir」をそのまま放尿するイベントも行われます。 閉じる
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ルル醸造所について ベルギー・ルクセンブルグ州の小さな醸造所 ルル醸造所はベルギー南部のルクセンブルグ公国に隣接するルクセンブルグ州のゴーム地区にてグレゴリー氏が1998年に商売としての醸造を開始したのが始まり。ホップはアメリカ、シアトル近郊のヤキマ産を使用。醸造タンクは蒸気などではなく直火にこだわります。発酵は通常はタンク内で行いますが、ここでは発酵室を作り発酵釜の上部を完全に解放して行う。りんごや洋梨のような香りがこれほどただよう発酵室はめったにありません。醸造過程にも一つ一つ違いがあり、それがこのビールの特別な味わいを生み出す理由です。 車で20分ほどのオルヴァル修道院から酵母を譲り受ける もう一つは酵母。ルル醸造所から20kmにあるオルヴァル修道院から酵母を譲り受けたのが始まりで、発酵の終わりに酵母を取り出して使い続け、独自の酵母に変化しているとグレゴリー氏は語っている。彼自身、以前のオルヴァル修道院の醸造方法に多大な影響を受けており、発酵釜の上部を開放して酵母にストレスをかけないベルギーの昔ながらの発酵方法を行っているのが大きな特徴です。 実は当初、彼はルル・ブロンドのみしかビールを作る気がありませんでしたが、彼の気が変わり、ルル・ブラウン、ルル・トリプルと新しいビールを醸造する事になり、夏にはルル・エスティバル(夏)というビールも発表しています。ベルギーのデリリウムカフェでも必ずルル醸造所のビールを提供しています。樽生も二次発酵、無濾過にて行っており、ルル醸造所やジャンデラン醸造所、デ・ランケ醸造所、カンティヨン醸造所やデ・ラ・セーヌ醸造所はお互いに尊敬しあい、小さな醸造所同士で協力しあっています。 閉じる
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カラコル醸造所について かたつむり醸造所「カラコル」 カラコルとはかたつむりを意味し、何にしても動じず、あわてない事やゆっくりと話すというナミュール州の人々に因んで名付けられました。 ベルギー南部ナミュール州のディナンから車で10分もかからないファルミニュールにある小さな小さな醸造所である。1990年にナミュールで創業し、1994年に現在の場所にて本格的に醸造を開始しています。カラコル醸造を説明するために、まずベルギーの中でも観光地でもあり、素晴らしい町並みを誇るディナンの町を知る事も大事です。 ブリュッセルから高速を走って1時間半~2時間程、ディナンの町のために高速をはずれるとすぐにムーズ川が目の前に現れます。案内の表を眺めれば左に行けばカラコル醸造所、右に行けばディナンの街が見えてきます。サイン一番下にBrasserie Caracoleとの表記も書かれています。 閉じる
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デ ランケ醸造所について 週末醸造家としてのスタート 名前の「デ・ランケ」はフラマン語(オランダ語の方言)にて「ホップが支えを伝って伸びる際に描く姿(らせん)」を指します。今はストライセ醸造所が借りているデカ醸造所を借りて醸造をしていましたが、エノー州ドッティニーに自らの醸造所を建設して週末に醸造を行うようになりました。ビール醸造を趣味で始めた、冷蔵機器を販売していたニノ氏と税務署職員のギド氏が二人で行う週末醸造所。今では世界のビール評論家やビールファンを唸らす味わいを常に作り出しています。辛口で知られるビール評論家のティム・ウェブ氏も唯一ブロンドビールで彼のビールに五つ星をつけています。ニノ氏はやっと会社を退職。それまでは醸造所(週末)への設備投資(本業)のために平日に仕事(副業?)をしていました。 生のホップをそのまま使用 通常のほとんどの醸造所はペレットと呼ばれるホップを圧縮した錠剤のような物を使用しますが、デ・ランケ醸造所は近隣のポペリンゲ産の生のホップをふんだんに使用することがこだわりであり、その中でも「グーデンベルグ」はドライホッピングという発酵中もホップを漬け込むという手間隙をかけて行います。そのドライホッピングも他社と違い、取り扱いやすいようにバックの中にホップを入れるのではなく、タンクにそのままホップを投入します。「ホップの花に含まれるタンニンが重要なんだ。ペレットを使うのは簡単だけど、質を下げるような事は何があってもやらない。じゃないと日本のみんなが飲んでくれなくなるでしょ?」とよく微笑みかけています。 ランビックのブレンダーとして 彼らはランビックの優秀なブレンダーとしても知られ、以前ローデンバッハ醸造所から酵母をもらって作ったビールに自分達で継ぎ足しながら出来る酸味あるレッドビールをベースにジラルダン醸造所ランビックとブレンドして、キュベ・デ・ランケ。レッドビールにチェリーを加えて熟成させたものとジラルダン・クリーク(チェリー)をブレンドしてボトリングしたデ・ランケ・クリークやなど、ビール愛好家、そして小規模醸造所達のあこがれの的となっています。 閉じる
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ボステールス醸造所について 特別なグラスにもこだわる伝統的醸造所 ボステールス醸造所は東フランダース州ブッヘンハウトという小さな町の中心部に位置します。歴史は1791年エヴァリスト・ボステールス氏が現在の地に醸造所を設立。ヨゼフが加わりその3人の息子の一人でもあるフランス・ボステールスは13年もブッヘンハウトの町長を務める名町長となりました。その後もボステールス一族が経営にかかわり、1938年に5代目のアントワーヌ・ボステールスが後を継ぐ事となります。彼は50年醸造所の発展にピルスナータイプのビール「ボステールス・ピルス」を醸造。このビールはデンテルモンドの地域以外で初めて販売されることとなり、ブリュッセルやアントワープ、ゲントに広がりました。現当主と同じ名前でもある彼は3度もブッヘンハウトの町長に選出される事となります。その息子であるイヴォ・ボステールス(6代目)と孫にあたる現当主アントワーヌ・ボステールスが7代目となって最高の味を世界へ広げることを夢見ています。この醸造所は非常に特徴的な3つのビールのみを醸造しており、シャンパンビール・デウスは醸造量の1%にも満たず、実際には2つのビールのどちらかを常に醸造しています。このような醸造所はトラピストビール「オルヴァル」などにみられる程度で歴史あるブルワリーの中でも非常に稀です。グラスにも特別なこだわりがあり世界から愛されるベルギーのビール文化を代表するブルワリーの一つです。 パウエル・クワック このビールはこの醸造所によって復刻されたものです。このフランダース地域のメッヘレンとゲントをつなぐ道中のデンテルモンド(現醸造所の隣町)にはかつてビールのラベルにも描かれているパウエル・クワックと呼ばれた宿屋「デ・ホールン」の主人がおり、彼は宿屋を経営しながらビール作りを行っていました。彼は宿屋に毎日立ち寄る郵便配達員などが馬車を降りなくてもビールを渡せるように、クワックは馬車の上でもゆっくり飲めるように馬車の側部にグラスをかけられるようにグラスをフラスコ型にデザインします。彼はそのビールを宿屋の宿泊者にもそのグラスに注いで提供することで宿も大繁盛だったと言われています。ボステールス醸造所ではいくつもの馬車を所有しており、それにはもちろんパウエル・クワックのグラスを取手にかけてゆっくりと楽しめるようになっています。 トリプル・カルメリート デンテルモンドに存在したカルメリート修道院で1679年には作られていたビールのレシピが発見され、それに基づいて醸造されており、そのレシピでは大麦、小麦、オート麦の3種の麦が使われていました。カルメリートグラスはその香りが最大限に生かされるようにデザインされており、イヴォ・ボステールスはこのグラスを軽く鳴らしてみればグラスのクオリティーが分かると語っています。 シャンパンビア「デウス」 「デウス」はラテン語で神を意味します。世界でも稀なシャンパンビアと呼ばれており、ラベルにもBrut des Flanders フランダースのブリュットと描かれています。製法は極めて特殊。一次発酵とそこから半年の熟成工程をボステールス醸造所で行い、フランス・シャンパーニュへ運びます。...
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ドリー フォンティネン醸造所について 三つの泉 ドリー・フォンティネンとはオランダ語で「三つの泉」を意味する。ランビック作りに必要な自然酵母が多く住みつき、多くのランビック醸造所が軒を連ねるブリュッセルの南西ペヨッテンランドのベルセルの町にて操業している。オード・ベルセルというブレンダーもあるランビックの町だ。ベルセル城も大変美しい。1953年に創業した父から息子兄弟が経営を引き継いで経営しており、兄のアルマン氏がランビックの醸造を弟のギド氏が醸造所直営のレストランを担当している。直営のレストランではアルマン氏の作る様々なランビックのブレンドに加えてそれらを使ったビール料理を楽しむことができる。 ランビックのブレンダーから 1998年 訪問記 ドリー・フォンティネンは「3つの泉」という意味で、ランビックのブレンダー兼メーカーだ。1953年にランビックのブレンダーとして設立された。60年代には併設のレストランを開店し、99年にはオリジナルのランビックの醸造をスタート。時代の流れにより巨大ビールメーカーに淘汰されていくランビックメーカーが多いなかで、このランビック醸造開始はベルギーでは80年ぶりの醸造所設立となったそう。原点回帰というか、こういう古き良きものを見直す流れは今後も続いて欲しいと思う。 ちなみにブレンダーとしてのドリー・フォンティネンは、ブーン醸造所、リンデマンス醸造所、ジラルダン醸造所という3つの名門醸造所から原酒を購入しそれをブレンド、瓶詰め後、10ヵ月間瓶内熟成させているそう。オードグーズ、オードクリーク、ランビック、ファロなどを造っている。 さて、見学についてですが、「要予約」とホームページに記載があったため事前連絡するも返信なし…。近くのオード・ベルセル醸造所は予約不要で隔週の土曜日の12時半から英語ツアーを開催していたので、そのあとに突撃してみることに。醸造所の手前には小さなショップがあり、裏手にはレストランが。レストランでは一般流通していないランビックを飲むことが出来るそう。 ショップには誰もおらず、醸造所の前で若いお兄さんが休憩していたので、声を掛けてみることに。すると、ちょっとだけだったらいいよと醸造所の中に入れてくれた。所要時間は5分程度でざっと英語で各設備の説明をしてくれ、樽出しの11カ月の若いランビックの試飲(度数4%)も無料でさせてくれた。匂いをかぐとかなりの硫黄臭が…!温泉街のゆでたまごのような匂いだけれど、やっぱり癖になる。 醸造所自体はこぢんまりとしているが、今まで見たランビックの醸造所と異なり近代的な設備が入っていた。調べてみると2009年に貸与されていた醸造設備の返却を余議なくされ、醸造を一時断念する事態に陥っていたよう。看板に2013年に新しい醸造所オープンと書いてあったので、一時中断の後、この時に新規設備を導入したみたいだ。ランビックの伝統的な型にとらわれない造り方をしているようで、醸造所にはホップのペレット(ホップを粉砕して固めたもの)が置いてあった。通常、ランビックには1~3年ほど乾燥させた古いホップの花をそのまま使うと本で読んでいたので珍しいなぁと思ったのだけど、残念ながら、非ペレットのランビックとこのランビックを同時に飲み比べたこともないし、そもそもまだ勉強不足なのでこれがどう味に影響しているのかは不明なところ…。...
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グーズリー ティルカンについて Gueuzerie Tilquin グーズリーティルカンのオーナーでありブレンダーでもあるピエールティルカンは、2009年にブレンダリーを立ち上げました。ランビックブレンダーとしては実に12年ぶりの登場、現在は5つのランビック醸造所から若いランビックの原酒を買い、オーク樽で熟成。いくつかの種類の年代の異なるランビックをブレンドし時にはフルーツを漬け込んだりと、本格的な酸味のあるグーズやフルーツランビックを造っています。 ルーヴェン大学で醸造学を学んだ後、その後ランビックの醸造所では絶大な人気を誇るカンティヨンとドゥリーフォンテイネンで経験を積み、独立しました。ベルギー南部ワロン地域では唯一のランビックです。そしてブレンドにカンティヨンのランビックを使えるのは唯一彼だけです。 ハイクオリティで伝統的なグーズを、より多くの人に飲んでもらいたいとピエール氏は情熱を持って造っています。 フラッグシップである基本のグーズティルカンは伝統的なランビックには欠かせない酸味がありながらも非常にバランスが良く、グレープフルーツやレモンを思わせるタッチ、初めて本格的なグーズを飲む方にもおすすめです。 近年ではアメリカ、ヨーロッパでの需要に対応するためにブレンダリーを拡大し、毎年1銘柄新しいフルーツランビックを造るなど精力的に生産をおこなっています。 閉じる
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